
現代語訳
「身を慎んで、心も正しく保っていて、いかにも君子のような振りをしていても、
いろいろな出来事に臨機応変の対応ができないのであれば、木の人形と同じだね。
たとえば、ある人の処に、いきなり数十人の来客が訪ねてきたとしよう。
さあ、そうなると、たとえその人が君子で、訪ねてきたお客様を
「みんなをもてなしたい」と心からおもったとしても、
家にはそんなにたくさんの人数分の食器も家具もないから、
ただオロオロするばかりで、もてなそうにも、何一つ満足なもてなしはできないよね。
だから、
ふだんからの“備え”が、肝心なんだよ。そうおっしゃって、西郷先生は、宗の陳龍川の『酌古論』の、
こういう言葉を書いて、私たちにくださった。
「文というのは、単に紙筆のことをいうのではない。
文は必ず、様々な事態に対処する才能とともにあらねばならない。
武というのは、単に武具のことをいうのではない。
武は必ず、敵の力量を見きわめる知恵とともにあらねばならない。
そのような才能も知恵も、もとをただせば、一つのところへゆきつく」□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
予算が少なくなってきたからといって、
厨房設備、食器をおろそかにして
お客様に喜んでもらえる仕事を行えるはずがない。
大事なことは、最低限の道具と日々の備え、
自分たちの容量の把握、
お客様の目的を察知する、
ことが重要‥。
つくづく、そう思う。